エピソードクエスト:ドラゴン
- クエストアイテム「魂の記憶」の内容を転載しています。
- 日本語が不自然な部分を修正し、読みやすく場面ごとに段落を分けています。
- この物語に登場する「サラ」という女性は、NPC:サラとは何の関係もないものと思われます。
血を辿る旅
私の身に流れる放浪の血は風を呼び、私たちはその風に魂を任せます。
私の名前は風のように自由な魂、「ドラゴン」と言います。
物語の始まり
狭いテントの中は、どこからか漏れる光が舞うほこりを照らし出し、 熱をはらんだ空気とたき染められた香の甘い匂いに満ちて、 ひそやかな光を受けて鈍く光る水晶を見つめる占い師の言葉は、まるで遠くから聞こえてくるようだった。
「島……枯れないバラ……傷ついた魂に光が下る所……
血の呼びかけ……放浪者の群れに帰る……」
ドラゴンは、まるで記憶に刻み付けるように何度も重ねて言った。
少女との出会い
風に誘われるまま、自分の血を辿る旅は、彼をはるか遠い異国の地へと案内した。 一ヶ月前に占ってもらった占い師の言葉に導かれるまま訪れたその場所に立ち尽くしていた。
「占いに出ていた場所はここを称しているようだが……。
強い流れの川に浮かぶ島、バラの窓、魂を救う聖堂……。
しかし、なぜここに?」
ドラゴンは聖堂の正門が眺められる広場に立って考え込んでいたが、 不意に誰かに腕を引っ張られる感覚がして、驚いて振り向いた。
「この花をどうぞ。
摘み立てのバラです」
振り向いた先には、花の入ったかごを手に持った少女が立っていた。 かごにあるバラはどこかで密かに折ってきたのか、大きさも長さもみんなバラバラだった。 素手で急いで折ってきたのか、少女の手はトゲで怪我をしており、 まだ乾ききっていない、バラよりももっと赤い血が少女の肌を染めていた。 差し出されたバラはすでに枯れて、歩き辛そうな靴をはいてバラを売るために広場を数十回は回ったのか、 少女はくたびれたように見えた。
そんな少女の姿がドラゴンの胸の中に染み込んできて、心が痛んだ。 しかし、少女の無邪気に輝く、大きくてまっ黒な瞳を見ていると、不思議なことに彼女とは初めて会った気がしなかった。 ドラゴンは少女から一輪のバラを受け取ると、少女の傷だらけの手に代金を渡した。
「ありがとうございます!
これでやっとお母さんの薬を買うことができるようになりました。
本当にありがとうございます」
少女は広場の向こうへと走り去っていき、ドラゴンは不思議な懐かしさから、 遠ざかる少女の後姿から目をはなすことができなかった。
老画家との出会い
「おぬしも、あの少女のように、何ものにも捕らわれない自由な魂を持っているようだな」
不意にかけられた声の主をつきとめようと、ドラゴンは辺りを見回した。 しかし、観光客や学生たちとすれ違うだけで、声の主を見つけることはできなかった。 人々の群れが途切れたとき、ドラゴンに背を向けるように立ち、絵を描いている一人の老人の姿が見えた。 老人は黙々と絵筆を走らせていた。 その絵を一目見ようと老人のそばに近づき、彼のキャンバスをのぞきこむと、 キャンバスには美しい女性の踊っている姿が描かれていた。
決して派手ではないが、女性の内面から溢れる美しさと、軽やかで優雅な身のこなしに、 彼女の息づかいまで聞こえてきそうな、生き生きとした姿がそこにあった。 花売りの少女にも感じた不思議な懐かしさを感じて、ドラゴンは絵から視線を逸らして広場を眺めた。 そして、絵の中の彼女を捜していた。 そんなドラゴンの気持ちを読み取ったのか、老人が先に声をかけた。
「その女性はいないんだ」
「では、想像の中の女性なんですか?」
老人は一度もキャンバスから目を離さずに、続けて話した。
「美しい女性だった。
彼女は絵の中に見えるそのままだった。
不思議な魅力に溢れ、この広場に集まる多くの人々の心を捕らえた。
この広場に来る人は、みんな彼女のことを知っていた。
聖堂ではなく彼女を見に来る人さえいる程だったからな。
人々は、彼女を『エスメラルダ』と呼んでいた。
彼女の本当の名前ではないが、誰も彼女の本当の名前を知らず、
物語に出てくる女性のように美しかったから、そう呼んでいた」
老人の話に耳を傾けて絵を見つめていると、絵に描かれた女性の目が、自分の魂に語りかけるのを感じた。 胸が熱くなり、その感情はのどまでつき上がるようだった。
「それで、どうなったんですか?
この女性は、もう広場で踊っていないのですか?」
「もう二十年以上前のことだ……。
広場へ来る人々はもう彼女のことを忘れ、彼女はわしの記憶の中にだけ残っている存在になってしまった。
しかし、わしの絵を見れば昔の姿そのままの彼女に会える」
「どうして今は会えないんですか?
その女性は、今はどうしているんですか?」
老人は何かを思い出したのか、筆を止めた。 振り向いた老人とドラゴンは初めて目があった。 そして、椅子に座って長く一息をつくと、長々と話を始めた。
老画家の回想
神に愛された踊り子
人々は、広場に集まって彼女を待っていた。 集まった人々は熱に浮かされたように、口々に芸術の神に愛された踊り子の名前を呼んだ。
“エスメラルダ! 踊ってくれよ!
みんながあなたに会いたがっているんだよ”
人々の熱気と歓声は、放浪者たちのテントを震わせんばかりに響き渡った。
“サラ、まだ無理だよ”
放浪者の仲間が、踊りの準備をするサラに言った。 人々が『エスメラルダ』と呼んでいた彼女は、放浪者の間では『サラ』と呼ばれていた。 放浪者たちの守護者になった聖女『サラ』のように、彼女は彼らの守護者だったからだ。
“いいえ、平気よ。
この子のお父さんが戻ってくるまで……
この子のためにも、私たちのためにも、踊らなければならないわ”
“あれが言った場所は、ここより遠い所だ。
私たちはそれよりも更に遠い所にきてしまった。
もう、あれが戻ってくることはないだろう。
待つことはお前と、この子をもっと苦しませるだけだ。
諦めることも肝心なんだよ”
老婆がため息をついて、半ば自分に言い聞かせるように言った。
“この子のお父さんは、私たちを助けるために行ったのよ。
私たちのところに絶対帰ってきます。
絶対に……”
サラは生まれて一ヶ月も経っていない赤ちゃんのほおに唇をよせ、老婆にあずけた。
今や広場は割れんばかりの歓声に包まれていた。 集まった人々は口を揃えてサラのことを呼び続けた。 サラは楽器を持った放浪者四人を従えて、踊るために人々の前に立った。
悲劇
演奏が始まり、広場の風を巻き込んだメロディーに身を任せた彼女の振りは、人々の目と心を一瞬で捕らえた。 音楽に合わせて踊っている彼女は“生”そのものだった。 喜びに溢れ、悲しいながらも情熱的で。 そこにいた人々の心を洗い流した彼女の踊りは、傷ついた魂をも癒すことができた。
しかし、興奮と幸福感に包まれた時間も、切り裂くような悲鳴であっけなく終わった。 広場の向こうから、放浪者たちを快く思っていない青年たちが現れたのだ。 彼らは、サラと共に旅を続ける放浪者たちがこの地に定着し、ここに住む民の数がますます増えることに不満を持っていた。 彼らは放浪者たちを追い出すと高らかに宣言し、みなを殺すような勢いで飛びかかった。 それには、放浪者の子供たちも例外ではなかった。 凶器を振り回し、誰彼かまわず殴りかかり、抵抗しようとするものは強制的に連れて行った。
怒声と子供たちの泣き声が入り混じり、混沌とする広場に一発の銃声が轟き、一瞬の静寂が訪れた。 彼らに強く対抗していた放浪者の一人が広場の石畳に倒れふしていた。 石畳はみるみるうちに赤く染まり、突然訪れた死に驚き見開かれた瞳を閉じようとする者は、 最後まで現れなかった。 広場は恐ろしさに包まれ、混乱に陥った。 放浪者たちと、銃声に驚いた人々は、あちこちにもつれて逃げ出し始めた。
サラは老婆から赤ちゃんを渡してもらい胸に抱いたが、広場の真ん中では、赤ちゃんを安全に隠す方法がなかった。 彼女はちょうど広場を通って聖堂に向かっていく、司祭の服装の男に、赤ちゃんを聖堂に連れていってくれるように頼んだ。 司祭は赤ちゃんを胸に隠して、暴れまわる青年たちを避けて聖堂に消えた。
広場を襲った混乱と恐怖は、出動してきた警察が、 混乱を収めるために放浪者たちを広場から離れた一帯へと移動させたことで幕を下ろした。 調査はあったものの、定住していないという理由で、それは形式的なもので終わった。 混乱が収まると、寂寞感が何日か広場に漂った。 広場を襲った暴力についての話が広がり、広場を訪ねてくる人々はだんだん少なくなっていった。 サラも、騒動以降その姿を広場に現すことはなかった。
新しい縁
司祭は、親を失った赤ちゃんのために、毎日祈っていた。 この子に新しい親の縁を作ってくれることを、この子の親がどこかに生きていることを。 生きているならば、また親と子が出会えるようにと祈った。
十日が経ち、また一ヶ月が経とうとしてた頃、東洋から来た観光客の夫婦が聖堂を訊ねてきた。 そして彼らは司祭に祈りを頼んだ。 彼らには何一つ足りないものはなかったが、ただ一つだけ、子供に恵まれなかった。 心から子供を望んでいる彼ら夫婦の願いを聞いた司祭は、 神様がくださった縁の紐が、赤ちゃんとこの夫婦を結びつけていると感じた。
司祭は赤ちゃんを彼ら夫婦に任せることにした。 夫婦は涙で感謝の祈りをささげて、赤ちゃんと一緒に立ち去った。
再会と決意
一枚の絵
「それで?
それで終わりでしょうか?」
ドラゴンの声は嗄れていた。 老人は何も答えず、画材を入れる大きなかばんから、白い布でくるんだキャンバスを取り出した。 ずいぶん前から保管して持ち歩いていたようで、白い布は黄色く色褪せていた。 布をはずすと、一点の絵が現れた。
「あの時、赤ちゃんを引き受けた夫婦はわしのところに来て、絵を描いてほしいと頼んだ。
赤ちゃんを抱いて幸せそうな自分たちの姿を、絵にしてほしいと。
ところが、頼まれた通りの絵が完成しても、代金は支払ったが絵は持って行こうとしない。
わしは、夫婦にこの絵が気に入らないのかと訊ねた」
「すると夫婦は、この子の実の母親がこの広場に現れることがあったら、
その時にこの絵を彼女に渡してほしい、と言った。
自分たちが一生懸命育てて、良い親になるから安心してほしいと。
赤ちゃんに会いたければ、いつでも連絡してもらって構わないから、と。
ところが、この絵は本来の持ち主である女性に会うことができず、ずっとわしが保管しているんだ」
老人は、ドラゴンに絵を見せてくれた。 ドラゴンは目を疑った。 絵の中の夫婦は自分の両親だった。
「おぬしの姿から、ぼんやり、踊っている女性の姿を垣間見ることができた。
そしておぬしを包み込む風からは、何にもとらわれない自由な魂を感じることができた。
そう……この広場で多くの人々の心をつかんだ、放浪することを定められた一族と同じものをな」
「わしは五十年以上絵を描いているんだ。
そして、本質まで見抜くことができる目を手に入れた。
わしの目に狂いがなければ、この絵は長い時を経て、ようやく収まるところを見つけたんだ。
違うかね?」
老人の質問に答えなくとも、絵の上に落ちた一滴の涙がそれを答えてくれたに違いない。 老人は、ドラゴンにサラの絵を手渡した。 不思議な懐かしさは、今は自分の中で確固たるものに変わっていた。 自分がどこから来て、何をすべきなのか――
旅立ち
それから、ドラゴンは放浪者たちを助ける活動をし始めた。 自分の同族の不幸を何もせずに見過ごすことができなかったのもあるが、 活動を続けていれば親の生死や便りを少しでも耳にする機会が増えるのではないかという期待もあった。 しかし、活動は彼の力だけでは回りきらなかった。 現在の生活よりも良くはならず、数十人の放浪者たちの一日一日を繋げるだけで精一杯だった。
そんな時、カバリア島とドン・カバリアの遺言についてのニュースを耳にした。 ドラゴンは、この島が長い間待ち望んでいた、彼の占いに出ていた島であるということにすぐ気付いた。 そして、自分のまた新たな姿を予言する、占いの中の島に向かった。
その血が指し示し、魂の命じるままに。